私には、他の隊士にはない仕事がある。
それは、今日のように雲一つ無い晴天の日が最も適している仕事。
「どうして、こんなに多いかなぁ?」
一枚一枚洗濯物を干しながら、口からこぼれてしまう一言。
干しても干してもキリがないったら…。
そして、洗濯をしているときには、よく隊士の噂話が耳に入ったりする。
今日も例外ではないみたい。
数人の隊士が、先ほどから立話に花を咲かせているんだもの。
取り分け、聞き耳を立てているわけではないんだけど…
今日の話には、気になる人の名前が出てきたので、
思わず噂話に耳を傾けてしまった。
「そういえば、土方さんの話聞いたか?」
え………?土方さんがどうしたの?
「何でも勘定方に五十両を用立てるように言い付けたって!」
「ごっ…五十両!?」
「そんな大金、何に使うんだよ?」
「吉原か祗園にでも繰り出すのかな…」
「まさか、おめぇじゃあるめぇし!」
吉原や祗園で一晩にそんな大金を支払う訳はない。
それに、土方さんが普段そんな贅沢をしている訳ではないのは、よく知ってるし…
ホントに何に使うんだろう?
「身請けでもするんじゃねぇか?」
み…………身請け……!?
その言葉を聞いて、私の背筋は凍りついた。
「もしかしたらよぉ〜、馴染みの太夫とかがいるのかもしれねぇぞ?」
「羨ましいなぁ…」
どうしよう…もしその話が本当だったとしたら……
あくまで噂話であって欲しい。
そう願うのは、いけないことだろうか。
洗濯物を干し終わるまでの間、心は落ち着かなかった。
心が落ち着くまでは、しばらく土方さんと顔を合わせない方がいいかもしれない。
そう思っていた矢先のことだった。
どこぞの身形のいい人が、土方さんを訪ねて屯所に現れたらしい。
その客人は、身請けする太夫の店の主人ではないか…と、
隊士達の間で噂は更に拡大している。
もし、土方さんが身請けしたら、どうするのかな…
その人は、この屯所に住むのだろうか。
それとも屯所の外に休息所を設けて、土方さんは毎晩そっちに…
「さん?何を百面相してるんですか?」
「わわっ!おっ…沖田さん!」
私が噂話に翻弄されて取り乱していた所を、沖田さんは一部始終見ていたみたい。
思いっきり笑われてしまった。
「土方さんがお呼びですよ。」
「え?だって今お客さんが来てるんじゃ…」
「だからですよ。至急部屋に来る様にと。」
どういうことだろう?
今はあまり土方さんに会いたくないなぁ…
重い体を引き摺って、沖田さんの後についていった。
「土方さん、連れてきましたよ。」
「おぅ、入れ!」
スッと襖が開くと、目に飛び込んできたのは土方さん…と、
向かい合って座っている一人の男性。
確かに、紋付羽織を着て、凛と座ってるその人には、どこか気品を感じる。
やっぱり、お店の主人……なんだろうか?
土方さんに促され、その場に腰を降ろす。
「、この方は和泉守兼定殿だ。」
「い…いず…?」
どこかで聞いたことがある名前だ。
「会津藩付きの刀匠、和泉守十一代目…といえば、分かるか?」
「あぁ〜っ!」
私が驚きのあまり、とんでもない声を出してしまったので、
土方さんも和泉守さんも笑っている。
「あなたがさんでしたか。初めまして。」
「あ…はっ…初めまして。」
慌てて深々と頭を下げた。
「貴女のお噂は、土方さんからお聞きしております。」
「え?私の……噂?」
土方さんってば、一体何を話したの?
段々この場に居辛くなってきたような気がする………
「すまないが、例の物を…」
「はい、ここに。」
土方さんの一言に、和泉守さんが差し出したのは日本刀だった。
その日本刀は従来の物より、ちょっと細身に見える。
鞘には桜の花が刻まれているようだ。
土方さんは、それを手に取ると、鞘から抜いて一振りしてみる。
「さすがは兼定殿だ。注文した通りに仕上がっている。申し分ない。」
「恐れ入ります。」
土方さんは刀を鞘に収めると、私の方に向き直った。
「、受け取れ。」
「…………えっ!?」
土方さんから差し出された手には、先ほどの日本刀が握られている。
状況が飲み込めず、ただ呆然と刀を見ている私に、土方さんが口を開いた。
「お前を女だから、と差別するつもりはないんだがな…
従来の刀では女の非力な腕で振うには、男のようにはいかないだろう。」
その言葉に、和泉守さんが付け加える。
「この刀は、強度を保てる限界の部分まで、刀身を軽くしております。」
「これならば、振り遅れることもあるまい。」
「どうしてそれを……」
私自身も認めたくはなかったが、実際に刀を振う時、重みで若干振り遅れているのは感じていた。
「この間、道場で手合わせしただろう?その時にな。」
「あ………!」
思い出した!
朝稽古のときに、珍しく土方さんが道場に来てて、
手合わせをお願いしたんだっけ…
あの時は、土方さんの太刀を防ぐのが精一杯で、
とてもじゃないけど反撃はできなかった。
あの一回の手合わせだけで、私の弱点をそこまで……
私は土方さんから、その刀を受け取った。
柄を握ってみると、手にしっくりとくる。
抜刀してみても、やはり今まで使っていた刀の
何倍も軽く、早く振る事ができる。
「すごい……」
土方さんは満足そうに微笑むと、
袂から袋を取りだし、和泉守さんの前に置いた。
「刀代だ。ここに五十両ある!」
え…?五十両って…まさか…
「えぇ〜っ!?」
再びとんでもない声を上げた私に、土方さんは眉を顰める。
「何だ?」
「いっ…いえ、何でもありません。」
身請けの噂が立っていた…なんて、口が裂けても言えないよ。
まさか、私の為に刀を打ってもらっていただなんて……
「お気持ちは嬉しいのですが、そのお代は受け取れません。」
「どうしてだ?」
「この刀は、土方さんの依頼をもとに、試験的に作った代物です。
そのような物にお代を貰うなど…」
「そう言わずに受け取ってくれないか?」
「いいえ。」
和泉守さんは、頑としてそれを拒んだ。
「その代わり、と言ってはなんですが、土方さんとさんの
次の刀も、できれば私に打たせて貰えないでしょうか?」
「もちろんだとも!こちらこそ、ぜひお願いしたい。」
土方さんとがっちり握手を交わした後、和泉守さんは会津藩邸へと戻っていった。
「どうして、ここまでしてくれるんですか?」
土方さんに、ここまでしてもらう理由が分からない。
土方さんを真っ直ぐ見据え、聞いてみると、
土方さんは何故か私から目を逸らした。
「その……この間の詫びだ。」
「………?」
「思いっきり、お前の頭に打ち込んでしまったからな…。」
「………」
「不服か?」
「いいえ、有難うございます。大切にします!」
土方さんからの贈り物。
それも、武士の魂ともいえる刀であることが、何よりも嬉しい。
「とはいえ軽くなった分、初太刀の威力は半減するからな。
もっと練習を積んで、その刀を使いこなすようにな。」
「はい、頑張ります!」
土方さんは、優しく笑って、私の頭を撫でてくれた。
これからも、土方さんの側にいてもいいんだよね?
もっともっと腕を磨いて、土方さんを助けてあげられるくらい成長しなくちゃ。
そしてこの刀に恥じないような武士になろう。
私の新しい相棒に、心の中でそっと誓いを立てた。
あとがき
この話が書きたかったために、先のお題「刀」を書いたと言っても過言ではありません。
この「贈り物」が浮かんだ背景として、新選組勘定方であった河合耆三郎の隊金私消があります。
河合さんが無くした…のではなく、隊の誰かが無断で持ち出したとされるお金。
なんでも、その事実が発覚したのは、副長が勘定方に五十両を
用意するように、申し付けたことによるのだそうです。
何故、土方副長がその時期に五十両という大金を必要としたのか。
一説では、近藤局長の為に、彼の不在中に深雪太夫を身請けしようとしていたのでは?
というものがありますが、もし、こういう贈り物の為に
大金が必要だったのなら、浪漫があるなぁ〜なんて勝手に妄想した訳です(爆)。
桜庭ちゃんがもらった刀は、何気に副長の刀「之定」の鞘の梅の部分を
桜に変えで、ちょっとお揃いっぽくしてみました。
鍔はきっとお揃いに違いない!(爆)